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東大寺 大仏殿

   仏教の歴史の中で法華経が生まれたのは比較的、新しいことが私にもわかって来ました。まず初期仏教(原始仏教)があり、それは口頭で伝えられていました。
お釈迦さまが亡くなると「結集」と言われるお経の編集会議が行われ…紀元前486年…それぞれの弟子たちが記憶しているお釈迦さまの教えの内容に食い違いがないか確認されました。この時確認された内容が現在のお経のもとになっているとのことです。ただし、この時も口伝であり、文字に書き表されるのは数百年後と言われるとあります。第2回目の「結集」は約100年後であり、その後も何回か開催されて第6回目と称される「結集」は1954年から3年間にわたりビルマで開かれたとあります。この6回目はお釈迦さまの入滅後2500年にあたるのだそうです。

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そば畑

沢山のお経が出来た理由は、第一回結集以来、1000年以上にわたって作られ続けたので莫大な量になったことと、さらにインドから各地に伝播するにあたり、その渡来地(中国など)でも作られたことによります。そして、これらのお経をまとめたものを「一切経」あるいは「大蔵経」と呼び、日本で実際に使われている大蔵経の中には、日本の高僧の著作も収録されているそうです。お経は全ての人、衆生を救うという理念に基ずくので様々な民族を対象にしたり、小乗、大乗、密教など、これも様々な考え方の人たちの参加を求めたため、また考え方を許したため、それこそ様々なお経が増え続けました。法華経で言えば、原始仏教は小乗に近い形からスタートし、その中から批判的な大乗が発生し、その大乗も一部の特権階級の高僧のリードするところになると、それではいけないということで法華経が生まれて来たということのようです。

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ホーホケキョ

絵画で日展の前身の院展から二科展が派生し、さらにさまざまな新しい絵画思想が萌出して来たことと似ているように思えますが、人間の社会とはどこでもそういうものなのかなと勝手に照らし合わせながら学ばせていただいております。そして法華経が他とちょっと違うように見えるのは、小乗も大乗も包み込んで法華経で全部が救われる対象にしようとしているらしいということです。

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ワタスゲ

うろ覚えで書いているので恐縮ですが、やっとこのようなことが見えて来ました。法華経は、誰でもが救われる、誰でもが救う側の菩薩になれるということに結びつけるために「原点の釈迦の教えに戻ろう…」と訴えているのですが、考え方・見方が様々な方向に広がった多くの「原点から外れた人々」を説得しようとするために、様々なことが工夫された内容になっています。そのことが、当時の状況を把握しながら丹念に読まないと、本質が読みとれない大きな理由の1つになっているようです。

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オオルリ

さて、Eテレの100人で名著の説明を聞いたり、テキストを読んだり、双葉社発行のお経がわかる本を読んだりしてやっと入口にたどり着いたような気がします。ただ、次を読み進むと、まったく現在まで理解していたと思っていたことが全く分かっていなかったりするので、はっとします。回を重ねるにつれてその頻度はますます積み重なります。いつまでたったら本当に入口に立てるのやら…と打ちのめされます。でも、それで打ちのめされていたらこのようななことさえも永久に書けません。これは分からないからやってみる、当面は読んでくれる人に害はもたらさないであろう、せいぜい自分が恥を掻くだけだという、まずは、やってみる5S精神でやってみるしかありません。そのようななことで次回に入って行きたいと思います。もし、おつきあいしても良い時間をお持ちでしたら次回もご一読をお願いいたします。