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法華寺

 今年の4月にNHKのEテレの100分名著で法華経…南無妙法蓮華経…が取り上げられました。長年、書で親しんで来たにもかかわらず、法華経がほとんど全く分からなかった私にとって、有難い講座でした。
講師の植木雅俊先生は沢山の肩書をお持ちですが、テキストには仏教思想研究科とあります。いかめしい肩書ですが、内容は長年、理解に窮して来た私にもすっと入って行けるものでした。はじめにの中で、….ところで日本では、お経は漢詩の音読みという形で広がりました。ですから、ほとんどの人にとって意味は分からない。6世紀の仏教伝来以来、私たちはその内容を知らずに千五百年ほど過ごしてきたわけで、これは本当にもったいないことです。…..と書いてあります。そしてみんなにもっと知られるべきだ、と考えている方なので、なるほどと納得しました。歴史上でも沢山の人が影響されて来ました。ここでは、テキストで取り上げられている人物名のみを書き出してみます。鳩摩羅什、聖徳太子、道元、日蓮、紫式部、宮沢賢治、長谷川等伯、狩野永徳、本阿弥光悦、俵屋宗達、尾形光琳などの名前が挙げられています。次に分からないなりに仏教の歴史を簡単に抜き出してみます。

原始仏教(初期仏教)  紀元前4~5世紀  釈迦在世および直弟子が生きている頃
………………………. 紀元前3世紀頃     アショーカ王によりセイロンに渡る
部派仏教の時代に    〃         上座部と大衆部に分裂。さらに20ほどの
………………………………………………..部派に分裂
菩薩の概念が生まれる 前2世紀頃   仏陀になる前の釈尊 小乗仏教が発明
菩薩の概念が変わる         覚りを求める人は菩薩 大乗仏教が発明
般若経が成立     紀元1世紀頃    大乗仏教が小乗仏教の出家者を批判
維摩経が成立     紀元1~2世紀  権威主義的な部派仏教を糾弾
法華経が成立     紀元1~3世紀      小乗も大乗も融合する 全てを救う
鳩摩羅什の漢訳    400年頃     344~413 亀滋国生まれ
真諦   〃     550年頃            500~569
玄奘   〃     650年頃     602~664
不空   〃     750年頃     705~774           
中国・天台宗     550年頃     天台智顗538~597 法華経が中心
三経議疎       600年頃            聖徳太子 法華経・維摩経・勝鬘経
律学         750年頃          鑑真和尚 唐招提寺
比叡山・天台宗    800年頃            最澄766~822
高野山・真言宗    〃       空海774~835 大日経 金剛頂経
知恩院・浄土宗   1150年頃       法然1133~1212  浄土3部経
建仁寺など14派 臨済宗       栄西1141~1215 大般若波羅密他経など   本願寺・浄土真宗  1200年頃     親鸞1173~1262  浄土3部経
永平寺・曹洞宗   1225年頃     道元1200~1253 正法眼蔵 法華経など
身延山・日蓮宗   1250年頃     日蓮1222~1282 法華経

 

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南無妙法蓮華経第二五 観音経

 私たちの知る仏教には、この歴史がごちゃごちゃに混じっています。細かいことはさておいて、大乗仏教、小乗仏教、諸派仏教、仏陀への考え方、菩薩という仏陀前の立ち位置の発明や、組織があれば当然伴う権力闘争に近い動きが混じった形で、私たちの頭の中には仏教が入り混じっています。お経で言えば、般若経と法華経が今の日本の仏教の中では主流なのだそうです。262文字に短縮された般若心経は身近で最も多く接しまし、よく気を付けていると、絵画や文学では法華経が時々、目につきます。このような背景の下で、法華経に注目してみます。

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オオルリ

…このように小乗には小乗の、大乗には大乗の差別意識がありました。両者の差別思想と対立を克服し、普遍的平等思想を打ち出すという課題を受けて成立したのが「法華経」です。「法華経」では、当時の仏教界に対する批判的な主張が、直接的な形で成されているわけではありません。場面設定の仕方など間接的な表現で皮肉や批判が騙し絵のように散りばめられています。それに気づかなければ「この経典にはなんだか不思議なことがいっぱい書いてある」と思うだけで、さらっと素通りするように読み終えてしまうでしょう。……一時、読もうと挑戦したことがありますが、まったくもって何を言いたいのかわかりませんでした。自分の不徳の至り、と思っていたのですが、そうとばかりではなかったようです。……

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ジュウヤク

 現に江戸時代の町人学者・富永仲基などは「法華経はほめる言葉ばかりで中身が何もない」と言っています。しかし、当時の時代背景を踏まえて注意深く読めば、そこには当時の仏教界への批判と反省の主張が巧みに散りばめられていることが分かります。…昨今、誉めてのばす、というやり方があります。足利5Sもそのことを奨励しています。何だか、ほめる言葉だけで…、という法華経は、私たちのやっていることとダブるのですが、人によってはほめることは中味がないように映る方もいるようです。……そしてなにより、「法華経」に一貫しているのは「原始仏教の原点に還れ」という主張です。「今の仏教は本来の仏教とは違う」という考えから、小乗・大乗それぞれの問題を浮き彫りにし、それを乗り越えようとして生み出されたのが「法華経」なのです。…

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般若寺にて

原始仏教では……ブッダは釈尊だけではなかった。釈尊は「真に目覚めた人」と呼ばれていた。それは「私は人間である。限りなく人間である」ということのようです。眉間白毫層、正立手摩膝相、などの釈尊32相とう人間離れは、小乗仏教の人たちが作り上げたようです。出家・在家・男女の別なく覚りを得ていた最高の境地に至った王も、森林に住んで精励することもなかった。女性は穢れていて成仏できないということもなかった。信徒に多大の布施を要求することもなかった。自らをたよりにして他人をたよりとせず、法をよりどころしとて他のものに頼らない….卒塔婆・偶像信仰もなかった….随分とシンプルで、今の時代にマッチしているように思えますが…。