私たちの生活が仏教に影響されているのは、意識していなくてもいつも感じている所です。お彼岸やお盆、それに冠婚葬祭の、特に葬祭の部分では密接に結びついています。ところで私は、特に奈良が好きなので、ほぼ奈良の地形が頭に入っています。宗教的なことには無頓着ですが奈良ではどこへ行ってもお寺がつきものであり、そのお寺とお寺を囲む佇まいが好きなので、つい、足が向きます。その雰囲気を楽しむのが目的なので、歴史や色々な説明は読んだり聞いたりしても、2~3歩もすると忘れてしまいます。もちろん、仏教的なこともそのレベルです。
とは言いながら、少しは仏教も知りたいと思ってずっと前に買っておいた「仏教おもしろ小百科」という本を引っ張り出して来て、読み始めました。その後半半分に「これも仏教語」という章があり、あまりにも仏教(語)が私たちの生活に入り込んでいるので驚いています。

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しだれ桜

自分の頭の中を整理する意味で、なんだ今頃…とバカにされるのを承知でそのことを書いてみることにしました。一所懸命書くとなが~くなりますし、短くてはなかなか表現しきれません。そこで、見事に日本語になっている言葉を10ケだけ拾ってみて、いかに自分たちの日常が、すっかり仏教で成り立っているかを想像してみていただくことにしました。興味のある方は、是非ともこんな小百科でも読んでみて下さい。

では10ケ…勝手に選んでみます。

挨拶…「挨」も「拶」も「迫る」の意。
禅のお坊さんが、自分の意見を投げかけたり、相手の反応を調べたり
心の中を探ったりすること…。
一大事…そもそもは、わが国で最も人気のある
法華経ほけきょうの一節に、
一大事因縁いちだじいんねんとあるのによる。
有頂天…生きとし生けるもののてっぺんにいる神様のこと。
永劫「劫」はきわめてながい時間の単位。それにさらに「永」の字をかぶせて
どうしようもなく
長いというニュアンスを出したもの。
おおげさ…内実とはかけはなれた話やおこないのことを「大袈裟な」と形容する
ようになった…

過去…未来も過去ももともと仏教語。過去は「行ってしまったものごと」
未来は「まだやって来ないもの」現在は「いまあるもの、いまおこりつつあるものごと」

工夫…答えようのない難題をもらって、思慮のつきるまであれやこれやと思いめぐらすこと
玄関…関は仏教では教えの要所。玄は奥深いで、玄関とは「奥深い仏教の教えの重要なポイントとなる。やがて、禅宗のお寺の客殿の入口になり、それがふつうの家の正式な入口となった。
こんをつめる…根という字が心身にかかわる言葉になって出てきたら仏教語と考えて良い。
根とは
心や体の機能を司る能力、またはそうした機能を持つ器官のこと。心の力、気力、精神力などを意味しているのであろう。

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観音様

阿修羅

阿修羅

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かたくり

いかがでしょうか。あいうえお…から1つづつ拾ってみました。この他にも、米を表す・しゃり、出世、所詮、素人、玄人、おっくう、かんべんする、愚痴、子煩悩、などそれこそ数え切れないほどあります。現在は、急激に過去が崩れて行こうとしていますが、これほどまで私たちの生活に仏教が入り込んでいるとは驚きをはるかに超えて、想像を絶するものがあります。
新しいことが奨励される世の中ですが、何か、心底から考えさせられるものがあります。何千年も続いて来た人間の本質が、あっけなく崩れるのだろうかと…。
 こんなことを考えるのは年をとったせいなのでしょうか。
ところで、変えてはならない不変なもの、変えなくてはいけないもの、今はそのままにしておいてもかまわないもの…ちょっと立ち止まって考えて見る必要がありそうです。因みに5Sでは、いつでもこんなことを考えています。これは変えてはいけないものか、変えなければならないものか、放っておいた方が良いものか…いつも悩みの種です。