003 (2)日本人は、源義経や菅原道真、豊臣秀吉や西郷隆盛を好きな人が多い。私も学校を卒業する頃まではその傾向にあった。この人たちは、事情は違うが権力闘争に敗れた人たちである。秀吉だけは生きている間は天下取りの座にあったが、晩年に至っての判断力は首をかしげたくなることばかりで、死後まもなく自分の意思とは全く逆な状況を招いている。一方で、権力を勝ち取った人たちにも疑問がつきまとう場合が多い。大化の改新を成し遂げた藤原氏は、その後、栄華を続けるが、どうも正義かというとそうでもなさそうであり、源の頼朝の幕府も間もなくそっくり北条氏に入れ替わっている。私が今、活動している足利市ゆかりの足利尊氏は傑物であったようだが、何代か後に応仁の乱が必然的に起こるような曖昧さ(鷹揚な性格から来ている?)を持っていたようだし、明治維新の勝ち組の長州の評価には、ここの所、多くの方たちが疑問を投げかけている。

IMG_3307 (2)一方で、滅びの美学による人気と、勝てば官軍の世界での評価、天皇制という世界にあって、その体制側に近いかどうかによってまた、評価が分かれるようだ。足利尊氏などは歴史上ではつい最近まで逆賊扱いであったが、ここしばらく前から違った見方の評価が見られるようになったとの声を聞く。私は新田の地に生まれ育ったので、新田義貞は英雄、尊氏は逆賊の教えの中で育ってきたが、足利尊氏は幕府を開いただけあって、流石に傑物のようである。

IMG_5079 (4)もちろん、この他にも沢山の英雄や、社会から賞賛された人がいるが、その中でも徳川家康だけは別格のようである。子供の頃からいつも逆境の中に置かれ、耐えて耐えて熟考し、またここぞという時の判断力も抜群である。日本人には狸おやじという印象で嫌われるパーセンテージが高いが、知れば知るほどその緻密さとスケールの大きさに魅かれて行く人も多い。旗印に「厭離穢土・欣求浄土」と掲げて、戦のない平和な時代を築こうとする意志を持つこのような人物は、歴史上でもそうそうはいないであろう。そして、その希求が江戸時代300年の泰平の時代を築きあげたのは間違いない。

私は、学校を出て間もなく東京勤務の時があって、それも外回りだったので移動の電車の中で山岡壮八の徳川家康をむさぼり読んだのが家康との出会いであるが、それからすっかり 家康の虜になった。その後、2回、都合3回読んだのだが、読めば読むほど魅かれて行ったのを昨日のように覚えている。冷静沈着、じっと待つ姿勢、人を見る洞察力、安全安心の社会を基準に考える姿勢、再び戦乱に巻き込まれないための施策に対する決断力…それを秀忠が受け継いで徳川300年の歴史の基礎が作られた、ということらしい。
ある時、友人が、何故、関ケ原の戦いがあんなにあっけなくけりがついてしまったのだろう、と言ったことがあったが、淀君や秀頼という社会を治められない人たちをてっぺんに置いて、多くの大名が困窮する基になった朝鮮出兵の弊害を引きずり、豊臣恩顧の大名を束れられなかった石田三成を総大将にした戦争からすれば、関ケ原の半日の結末は至極、当然のように感じられるのだが…天下分け目の戦いを劇にすれば、それでは面白くないので、力は互角だが小早川秀秋の判断が雌雄を決したのだと面白おかしく作り上げているとしか思えない。

054ごく最近、門井慶喜著の家康、江戸を建てる…という本が出た。
内容は
第一話 流れを変える
第二話 金貨を延べる
第三話 飲み水を引く
第四話 石垣を積む
第五話 天守を起こす

となっているが、第一話は利根川の流れを今の利根川の位地028に変えること、第二話は経済に大事な金貨の質を上げること、第三話は井之頭公園から人の生命線となる飲み水を引く水道を引くこと、第四話・ 第五話は江戸のシンボルとなるそれまでにない城を作ること…という内容であるが、秀吉に押し付けられた江戸という湿地帯を、多くの人が住むための壮大な事業の記録が描かれている。ここには、人が生きるため…のとてつもないビジョンと実践、そのための知恵…改善の素ともいうべきものが描かれている。適材適所の人を配して果敢にビジョンを現実なものに変えて行くドラマが…、と言ったらよいのだろうか。小説だから面白いのは当然、という見方もあるが、徳川家康という人の断面をよく表しているのではないかと思われる。是非、一度、多くの方に読んでいただきたい小説ではある。

IMG_5233ところで、社会のグローバル化と並行して、 長期的なものの見方が薄くなって来ている。
また、人間同士のつながりも希薄になって来ているように思われるし、着眼大局・着手小局のような大きなビジョンと目の前の小さなものの実践の連続という組み合わせなども弱くなって来ているようにも思われる。そういうことで、当ブログの中の箸休めとして、私の思考に大きく影響を与えてくれた徳川家康公を取り上げてみた。特に、待つ、考える、観察するということはここから教わったと言って良い。表面だけで知ったつもりで勝手に思っているだけなのだが、できないなりに少しでも家康公にあやかりいと思っている次第である。