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奥日光の野鳥たち
アオジ

ほとんどの企業が全社一丸を期待する。でも全社一丸になった企業はごく少ない。このことは何を意味するのだろうか…。今回は多くの集団が期待して頓挫している全社一丸について考えてみたい。
結論から言えば、全社一丸がそもそも幻想なのであって、それを求めるのが土台、無理ではないかと思った方が自然なのではないだろうか…。例えば、小さな集団どころではなく国家を上げて全社一丸の方向を演じている場合もある。かつての日本にもあったし、現在でも世界を見渡せば少なくなく存在する。よく観察していると(しなくても分かる…か)そこには相当な無理があり、様々な問題が垣間見られる。そして、その中にいる少なからぬ人たちは全員一丸を演じ(させられ)ている。国家よりはもっと小さな、一部・二部上場程度の企業にあっても同じようなことが多く感じられないか、中小零細企業はどうだろうか…。気が重くなるテーマではある。

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コマドリ

30年ほど前になるが、かつてのある時、5S活動のスタート時に「全社一丸になれないのでキックオフができません」と訴えられた事がある。一瞬、ぐっとつまったが咄嗟に「全社一丸になれますか?待っていたら永久にキックオフできませんよ」ということが頭に閃き、それを伝えた。それからずーっとそのテーマを考えているが、その通りであって全社一丸になるという幻想を捨てた方が間違いなく上手く事が運ぶようだ。

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アカゲラ

足利の5Sでは一人でも、いや、一人だからこそやるのだということを伝えるようにしている。5Sの良いところは、誰でも分かって誰でもできて、やりながら成長できることである。さらに身の回りから始めれば一人でもできるのが大きな特徴である。やったことは周囲の人が目で見て感じることができる。これは他の活動と大きく違う点であろう。だから周囲を巻き込むことも可能となる。ところで、このように一人でできる人は少ないが、私の経験からすると小さな集団でも必ずいる。

2・6・2の法則(何かをやろうとした時に、やろうという人が2割、様子見が2割、最後まで抵抗する人が2割)からすれば2割はいることになる。そういう人達は、きっかけがないとなかなか分からないが、事が起こった時に現れる。そして、スタート時の5Sにはよく適用できる法則だなあ、と感心させられる。この最初の2割の人たちを称して「ガソリン的人間」と呼んでいるが、このガソリン的な人にトップランナーとして走って貰うことは現実的で効果的な進め方だと思う。これに反して全員の足並みが揃わないと…という考え方も多い。普段から風通しが良くて全体最適を旨としている集団ならばこれでも上手く運ぶと思うが、どちらかと言うと皆がてんでんばらばらな集団では全員活動は理想であって、現実的な運びとなると難しい例が多いようである。

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コサメビタキ

5Sは全員活動ではあるが、全員実践となると相当に難しい。ましてや2・6・2のどんじりの2に期待するのは考え物である。が、現実は、ここの人がやらないから(私もやらない)…という例が圧倒的に多い。この人たちを説得していたら疲れるし、永遠に動きだしませんよ、と現実を認識をした方が得策である。ただし、この中に、ガソリン的な人がいるので気を付けたい。今までのやり方が、ことごとく彼・彼女らの方針を受け入れなかったために彼・彼女らが諦めていたり、すっかり懐疑的になっている場合があるからである。180度の方針転換で彼・彼女らが生き返る場合も少なくないので注意したいものである。

このような転換によって、足利5Sでは何人もの人が変わって来た。5Sは進め方によっては限りない力を引き出すことが出来るが、何をやるにしてもそれは人次第である。その人の力が埋没していないか、マイナスの働きをしていないか…等々、5Sは様々なことを考えさせて、実行させてくれる。まさにトヨタの現場管理で言う、マンパワーを引き出してくれるツールである。だから、真剣に5Sに取り組むとトヨタが全ての基本は4S+1Sです、というのが骨身に滲みてよく分かるようになって来る。30数年前に門田安弘先生編著の「トヨタの現場管理」に出会ったことが、やっと今ここになって実践に結びつけられるようになったことに改めて感謝である。おっと、話にまとまりがなくなって来たので、この辺でまとめに入りたい。

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ニュウナイスズメ

日本人は和を尊ぶこともあって、全社一丸指向が強い民族であろう。でも、それがいかに難しいかということについては現実を直視すべきではないだろうか。国が国家一丸を目指して破たんし、その後目指した民主主義国家では個人主義を尊重してまとまる力が弱体化しているようだ。全社一丸は方向が正しければ理想なのあろうが、そう簡単には一丸にはなれそうもない。それが現実というものであろう。ところで、企業はある目的を持って、あることを成し遂げようとする者同士が集まって一緒に行動する集団だとも定義づけられる。だから全社一丸が望ましい、という事になりがちなのだが、その一方で異能な人たちが集まって巾を広げるという機能も持ちあわせる必要がある。ベクトルをきちんと合わせる面と、詩人の金子みすずさんではないが、みんな違ってみんないいの面とが合わせ持たれるとほど良いのであろうが…。そうすると、多くの人が抱いている全社一丸は随分違った形になるのだと思うのだが…いかがなものであろうか。

2016年6月20日