シメ

   ドラッカー博士の「イノベーションと企業家精神」を読みながら、中小零細企業や小規模企業でもやり方で元気になれるのだと教えていただいたところで、イノベーションと言うととてつもない技術革新でもやらないと社会に置いてけぼりにされるという印象を受けるが、決してそのようなことはないということが読み取れたのがその理由である。
では、「日本語への序文」から、その一部を引用していきます。

ハイテクは明日の担い手である。それは今日の担い手ではない。今日の担い手はハイテクよりもはるかに世俗的かつ散文的なイノベーションである。コンビニエンスストアや鋳物工場、新手の金融サービスや医療機関におけるイノベーションである。~中略~
ハイテクも例外ではない。産業全体として利益を上げるにいたるには、少なくとも20年は要する。その間、ハイテクから発生する膨大な資金需要は、ミドルテクローテク、ノーテクの産業によって賄われなければならない。かくして今、決定的に必要とされているものは、ハイテクにおける企業家精神よりもむしろ、経済全体における企業家精神であり、企業家経済なのである。そしてこのことが、何を意味し、何を要求しているかということこそ本書が明らかにしようとしているものである。
ハイテクはとてつもない大金を投じて、成功して初めて利益を手にすることができるとある。着手してから20年も30年もかかる。しかもやりきらなければすべてがパーになる。そして、それに投資し続けるのは既存の事業で利益を上げてそれを投入し続けなければならないのである。この本は1985年が初版である。今、イノベーションを夢のような技術革新と読み違えた企業が苦戦しているのは、この論考から理解してもよさそうである。ここで目を転じて、ミドルテク、ローテク、ノーテクに注目してみるとこれらの企業でも工夫次第で利益を上げることができるのだと読むことができる。読み違えたハイテクは結果として博打に負けたようなものであろう。大きすぎる夢を見ずに確実な進め方をしていたら、博打的な結果にはならなかったにと思われるがこれは後知恵であろうか。254ページに次ぎの文章がある。

ジョウビタキ

これに対し、新しい事業というものは、成熟した事業の規模や実績に及ばず、非常に小さく、取るに足らず、あまり将来性がないように見えるそもそも、本当に新しくて、しかも大きく見えるものは、まず疑いの目で見るべきである。成功する公算などまずない。前に述べたように、成功するイノベータは、小さなものから出発する。なかんずく単純なものから出発する。
多くの企業が次のように主張する。「今から10年後をみると、わが社の売り上げの90%は、今日まだ存在すらしていない製品が生み出すことになろう。」
しかし、これは誇張である。今日まだ存在すらしていない製品といえども、それらは、現にある製品の修正なのである。改良なのである。現にある製品を修正したり、新しい市場や新しい最終需要に進出した結果なのである。そもそも、本当に新しい製品が世に出てくるには、もっと長いリード・タイムが必要である。成功している企業、つまり今日、適切な製品やサービスをもっている企業は、これからの十年間、その収入の四分の三を今日すでに存在している製品やサービス、ないしはその改良型からあげるにちがいない
足利の5Sはすぐできるものは確実にやりましょう。やがてできないものもできるようになって来ます。最初は狭い範囲でやってみましょう。やってみてわかることが多々あります。間違っても大やけどに至りません。新しいことに挑戦するのだから間違いも伴います。例え間違っても次の解が得られます、等々の考え方で活動をしている。イノベーションを様々な変化という解釈をすれば、5Sはイノベーションに近ずくための確実なツールと思うのだがいかがなものであろうか。


イノベーションの機会を見だすべき七つの領域
 第一 予期せざるものの存在である。予期せざる成功、予期せざる失敗、
____予期せざ
る事象である
 第二 調和せざるものの存在である。かくあるべきものと乖離した
____現実、すなわち
ギャップの存在である
 第三 必然的に必要なもの、すなわちプロセスニーズの存在である
 第四 地殻の変動である。産業や市場の構造変化である
 第五 人口構成の変化である
 第六 認識の変化、すなわちものの見方、感じ方、考え方の変化である
 第七 新しい知識の獲得である

これだけでは分かりにくいと思いますが、まずはイノベーションとは技術革新の意
味合いはほんの一部に過ぎないということだけでも知って下さい。